京都創作研究所

マンガやアニメなどの感想を中心に、情報発信していきます 2014年11月30日終了予定

かぐや姫の物語のすすめ 6 物語分析

 

現在、公開されている「かぐや姫の物語」の動員数がおもわしくなく、かつ周りの人から聞く評価も悪いように思います。せっかく、千円以上のお金を払って見るのに、「まあまあ、おもしろかった(月並)」では勿体ないと思います。

なので、見に行ったけど、いまいちよくわからなった人や見ようかどうか迷っている人に対して、「どうやって見るか」という視点で少し語ってみました。

 

 

 

これ以降感想に入ります(ネタばれ注意)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回はネタばれを含めた総評行い、「どうやってかぐや姫の物語を見るか」考えようと思います。

 

方針

以上の視点から見ていきます。下に行くほど映画を見ないと知りえない情報(ネタばれ)が増えていきます。

前回までは許容されるレベルのネタばれでしたが、今回以降は映画の内容に沿ってまとめているので、見ていない人は自己責任でお願いします。

すでに見た人向けに書いています。今後、見る予定のある人は特に注意してください。 

 

 

 

 

 

物語分析

かぐや姫、三つの身分

かぐや姫はわがままでありながら、自制して生きている。終始、背反する二つの性格が混在している。

琴で遊んでいると思ったら、即座に音楽を奏でる。廊下を走り回っていたかぐや姫は、眉を抜き、お歯黒することを受け入れる。高貴な姫として振舞いながら、都の屋敷に作られた偽りの庭で”たけのこ”の姿に戻る。しかし、本音ではこの偽りの庭に対する違和感を持っているが、心の中にそっとしまう。

 

かぐや姫は様々な身分と性格の上塗りで成り立っているf:id:kyosoken:20131209220622j:plain

 

お歯黒などの平安文化を強制されているかぐや姫の本音は、大地を愛する"たけのこ”でありたいと願っている。しかし、ただの田舎者ではなく本質としては月の世界の高貴な身分が染みついている。

その上、そもそも月の住民としての生き方に反発したかぐや姫は大地を愛する”たけのこ”として生まれ変わった。しかし、周囲の人々の期待に従属して高貴な姫として生きる決意をする。

かぐや姫はジブリ的な強い少女に違いないが、終始一貫して我を通すのではなく、他人の心を察し、悩み、自らの本音をしまいこむ。その結果、様々な身分や性格を右往左往する。とても、健気としか言いようがない。しかし、その心が不幸を生む結果となった。

 

翁と媼 男性と女性

翁と媼は対の立場にあり、もうひとつ言いかえると、この話は男と女で対立軸が存在する。

結論では、 媼はかぐや姫のよき理解者であり続けたが、翁の間はコミュニケーション不全に陥る。翁はかぐや姫の気持ちを察することができずに、「高貴な姫」を押しつける。

ただ、生活が変化すると翁は別人に変わってしまうのかという問いに対しては否定している。屋敷での翁は烏帽子をかぶっているが、最初、小屋の梁に帽子をぶつけて落とした。そして、屋敷での生活が慣れてくると、梁の位置で体を落として帽子が落ちないようにしている。この二つのシーンで貴族としての生活が身に付いていることを表現しているが、高貴な方々からの求婚の誘いがあったときに、あわてて帽子を落とす。

翁の本質は鳥烏帽子の似合わない竹細工職人である。しかし、性格が変わらないまま、身分の違う存在ななる夢に惑わされた。

 

かぐや姫は美しい、それゆえの罪と罰

この物語でもう一つ重要な事はかぐや姫が美しいということである。女性として美しくなったかぐや姫は全ての男を惑わし、不幸にさせる(不幸にさせかける)。翁(偽りの立場に満足する)であり、高貴な方々(与えられた難題の未達成と死者1名)であり、御門(プライドを傷つけられる)であり、再会した時の捨丸である。

 

捨丸の例が一番重要なので詳しく解説する。幼少期の”たけのこ”と捨丸の関係に男女の間柄は表面化していない。(多分、盗んだ果物を半分に分けて食べる(禁断の果実)シーンとか、怪我をした捨丸(男の血)の処置をするシーンとか、潜在的な性を描いているような気もするので、再考察する必要もあり。)

しかし、大人になった(初潮を迎えた)かぐや姫の前では捨丸は平気で妻子を捨てようとする。

 

この不倫を思わせるシーンに嫌悪感や違和感を持つ人がいるかもしれないが、意味するものは「かぐや姫の美しさという罪と罰でもある。どんな人格者であっても、美しい物を前にするとそれに惹かれてしまう危うさでもある。 おそらく、捨丸は「かぐや姫」と「妻子」を天秤にかけた上で、「かぐや姫」を選択したというよりも、純粋に目の前にいる美しい女性が困っていることに対して救い出そうという気持ちだけで決意している。イノシシに襲われそうになった”たけのこ”を救った捨丸のように、直感で行動している。

 

風立ちぬとの比較

ジブリの同時公開と言えば、「となりのトトロ」と「火垂るの墓」があげられる。この作品は「家族について」反対の切り口( 再生or 消滅 )であるが描いている。今作品でも比べてみる。

 

   風立ちぬ:

取り返しのつかない世界を取り返そうとする(残り続ける)・・感情のない主人公

   かぐや姫の物語:

取り返しのつかない世界を取り返さない(去る)・・・反省して悩む主人公

 

 「となりのトトロ」と「火垂るの墓」のように明確な対立軸を見つけることはできなかったが、空と大地の違い以上のものは見つけられそうだ。

 

その他

わらべ唱と天人の音楽のはメロディーの違いがあると思うが分析手法を知らない。前者がヨナ抜き音階、後者が律音階である。どういう意図をもって音階を変えたのか。